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最高裁判所第三小法廷 昭和31年(あ)3929号 判決

主文

本件上告を棄却する。

当審における訴訟費用は被告人の負担とする。

理由

弁護人佐藤義弥の上告趣意第一点について。

原判決が是認した第一審判決の認定事実のうち、被告人が判示日時判示営業所事務室内自席の判示木机一個の下に、右机と判示原符三万七〇〇〇枚位をつめたボール箱三個との距離が判示のとおり接近している位置に、大量の炭火がよくおこっている判示木製火鉢をおき、そのまま放任すれば右炭火の過熱により周囲の可燃物に引火する危険が多分にある状態であることを容易に予見しえたにかかわらず、何等これを顧慮せず、右炭火を机の外の安全場所に移すとか、炭火を減弱させる等その他容易に採りうる引火防止処置を採らず、そのまま他に誰も居合わさない同所を離れ同営業所内工務室において休憩仮睡した結果、右炭火の過熱から前記ボール箱入原符に引火し更に右木机に延焼発燃したという事実は、被告人の重大な過失によって右原符と木机との延焼という結果が発生したものというべきである。この場合、被告人は自己の過失行為により右物件を燃焼させた者(また、残業職員)として、これを消火するのは勿論、右物件の燃焼をそのまま放置すればその火勢が右物件の存する右建物にも燃え移りこれを焼燬するに至るべきことを認めた場合には建物に燃え移らないようこれを消火すべき義務あるものといわなければならない。

第一審判決認定事実によれば、被告人はふと右仮睡から醒め右事務室に入り来って右炭火からボール箱入原符に引火し木机に延焼しているのを発見したところ、その際被告人が自ら消火に当りあるいは判示宿直員三名を呼び起こしその協力をえるなら火勢、消火設備の関係から容易に消火しうる状態であったのに、そのまま放置すれば火勢は拡大して判示営業所建物に延焼しこれを焼燬するに至るべきことを認識しながら自己の失策の発覚のおそれなどのため、あるいは右建物が焼燬すべきことを認容しつつそのまま同営業所玄関より表に出で何等建物への延焼防止処置をなさず同所を立ち去った結果、右発燃火は燃え拡がって右宿直員らの現在する営業所建物一棟ほか現住家屋六棟等を焼燬した、というのである。すなわち、被告人は自己の過失により右原符、木机等の物件が焼燬されつつあるのを現場において目撃しながら、その既発の火力により右建物が焼燬せられるべきことを認容する意思をもってあえて被告人の義務である必要かつ容易な消火措置をとらない不作為により建物についての放火行為をなし、よってこれを焼燬したものであるということができる。されば結局これと同趣旨により右所為を刑法一〇八条の放火罪に当たるとした原判示は相当であり、引用の大審院判例の趣旨も本判決の趣旨と相容れないものではなく、原判決には右判例に違反するところはない。論旨は理由がない。

同第二点は刑訴四〇五条の上告理由に当らない。

また記録を調べても同四一一条を適用すべきものとは認められない。

よって同四〇八条、一八一条により裁判官全員一致の意見で主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 垂水克己 裁判官 島 保 裁判官 河村又介 裁判官 石坂修一)

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